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欧州統合の社会的側面

(ヨーロッパ誌2006年冬号・通巻第244号より)

1985年に欧州連合(EU)で始まった域内市場統合計画は、「人、物、サービス、資本」の域内移動の自由化を1992年までに実現しようとする壮大な規制改革プロジェクトであった。そして、その実施過程においては、市場統合の社会的側面が主張された。

今日、欧州統合において、労働者や社会的弱者に焦点を当てた社会労働分野からの視点はなくてはならないものであり、経済成長と同時に社会的結束を求めるEUのあり方は「欧州経済社会モデル」として、世界の注目を浴びている。

EU政策の重要な地位を占めるに至った「欧州統合の社会的側面」とは何かを本号で掘り下げてみた。

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1. 条約上の基盤

欧州の競争力の向上を目指したEUの長期戦略として2002年3月に採択された「リスボン戦略」では、欧州経済社会モデルの社会的側面が強調され、経済と共に、雇用と社会的結束が戦略課題として前面に打ち出された。2004年10月に調印された欧州憲法条約は、「競争的な社会市場経済の構築」を欧州連合(EU)の政策目標のひとつとして掲げている。

EUの前身である欧州経済共同体(EEC)の設立条約には、社会労働政策に関する規定はほとんど見当たらない。欧州統合プロセスの当初、EUの活動は共同市場政策の枠内にとどまり、社会労働分野での条約規定も男女同一賃金、労働者の自由移動、会社設立の自由にかかわるものに限定されていた。

1987年の単一欧州議定書は、EUの社会労働政策に新たな息吹を与えた。いわゆる域内市場統合の社会的側面と呼ばれるもので、政策の焦点を労働者に当て、職場での健康と安全、労使対話、経済社会的結束がEU政策としての法的基盤を獲得することとなった。1993年に発効したマーストリヒト条約(EU条約)では、社会政策に関する議定書と協定を採択、英国を除く加盟11カ国が社会政策の領域で共同歩調をとることとなった。その結果、1994年には欧州事業所協議会指令が採択され、EU域内の複数の国で事業活動をする企業で働く従業員に、企業経営に関する情報入手権と協議権が認められた。他方、英国への適用除外により、EU内に社会労働政策に関する2つの異なった法的基盤を認めるという、好ましくない状況も生まれた。

しかし1999年発効のアムステルダム条約(改正EU条約)では、社会労働政策をEUと加盟国の共通の責任領域であることをすべての加盟国が確認、それまでの非正常な状況に終止符が打たれた。同条約は、政治宣言として1989年に採択されたEU社会基本権憲章の内容を反映する形で、EU社会労働政策の目的を明示した。

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2. 欧州社会モデルとEU立法

戦後半世紀にわたる欧州統合プロセスで構築されたEUの社会労働政策は、今や広い分野を包括するに至っている。EU条約の141条は、特定の社会労働分野でEUに立法権を与えている(表参照)。

経済のグローバル化、高齢化、技術革新といった変化する環境の中で経済改革を実行するには、社会改革なしには好ましい結果を出すことは出来なくなっている。こうして欧州社会モデルは、EU加盟国で分ち合う連帯、貧困撲滅への取り組み、教育と保健、職場での健康と安全、労使と市民社会の参加といった共通価値や政策原則を包含するEUの政策理念となり、EU社会労働法の発展にとっても重要な役割を果たすものと期待されている。

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3. リスボン戦略の社会的側面

このように、社会労働政策はEUレベルで個別的かつ漸進的に導入されてきた。しかしEU全体として首脳レベルで合意され、EU社会労働政策にも大きな意味合いを持つのが「リスボン戦略(Lisbon Strategy)」だ。急速に進むグローバル化と技術革新により欧州が世界から取り残されないように、また欧州市民の生活を守り向上させるために、2000年3月、欧州首脳は新戦略目標と題した10カ年計画をリスボンで採択した。同戦略は、EU経済を2010年までに知識を基礎とした世界で最高の競争力と活力をそなえたものに改革することを目指したもので、首脳たちは、1)持続的な経済成長、2)完全雇用、3)社会的結束の強化、という3つの政策目標を設定し、欧州経済社会モデルの構築を宣言した。

具体的政策目標として、完全雇用達成のための教育・職業訓練への投資増大、2010年までに平均雇用率を61%から70%へ引き上げることが設定された。また女性の平均雇用率を51%から60%へ引き上げること、青年(18〜24歳)の教育水準を高めることもリスボン戦略の目標として掲げられた。

計画期間の半分が経過した2005年春、リスボン戦略の実施状況に関する専門家による報告書が作成された。その中では、同戦略の実行の遅れと2010年の目標達成のためのさらなる努力の必要性が指摘された。こうした中、欧州委員会はリスボン戦略の再出発を提言し、加盟国での政策的貢献不足を是正するために、欧州委員会と加盟国との新たな連携、生産性と雇用への努力の集中、戦略の単純化と一貫性を訴えた。そして、2005年3月春の欧州理事会では「改定リスボン戦略」における政策目標として、「年率3%の経済成長維持と600万の雇用創出」の達成を打ち出した。こうして、28の主要目標と120の具体策からなるリスボン戦略はスリム化された。

EUの社会労働政策分野別立法手続き

政策分野

立法手続き

労働者の健康と安全、労働条件、労働市場から阻害された人の統合、労働者への情報と労働者との協議、労働機会と待遇面での男女平等

理事会の特定多数決と欧州議会との共同手続き

社会保障と労働者の社会的保護、労働契約終了時の労働者保護、労使利益の代表と集団的保護、EU域内に合法的に居住する非加盟国国民の労働条件、雇用促進と雇用機会の創造のための財政的貢献

理事会の全会一致と欧州議会との共同手続き

賃金、団結権、ストライキ権、ロックアウトを強いる権利

加盟国に独占的立法権

4. 社会政策アジェンダ

欧州社会モデルの政策実行の枠組みとして採用されてきたのが「社会政策アジェンダ(Social Policy Agenda)」だ。この枠組みは、経済、雇用、社会労働政策を相互に関連付け、一方でEU政策が環境的にも持続可能であることを確保することを目指し、リスボン戦略を支える側面を持つ。2005年が現行アジェンダの最終年であることから、改定リスボン戦略との整合性を確保しつつ、欧州委員会は2006年から2010年の5年間を対象とした新たな社会政策アジェンダの提案を行った。その中では、グローバル化された経済において「すべての人に職と機会を」保証する社会的欧州の建設が新たな中期政策目標に据えられた。

地球規模での競争の激化、技術革新そして高齢化に直面している欧州市民にとり、環境変化へ有効に対応できるという自信を高めることが重要となっている。欧州委員会は社会政策アジェンダの果たし得る役割を強調し、市民の自信向上へのアプローチとしてまず、高齢化に代表される人口構成の変化が求める制度改革、つまり社会保護と年金制度の変化への適合化、若者の労働市場への統合、および移民問題を欧州にとっての主要な課題とし、計画期間中に具体策を策定するとしている。この関連では、「変化のためのパートナーシップ」の名の下に、政策当事者間のパートナーシップに加え、労使と市民社会が欧州社会政策成功のカギとなると指摘されている。そして、すべての利害関係者によるフォーラム形式の年次会議の開催、社会政策アジェンダの実施点検を欧州委員会が提案する、としている。

雇用と機会均等は、EUの優先政策課題として社会政策アジェンダの中で取り上げられている。リスボン戦略の掲げる成長と雇用目標を達成するため、欧州委員会は改訂リスボン戦略に合わせて欧州雇用戦略(EES)の改定を提案した。改定EESは、長期的経済成長を補強し、失業と地域格差を駆逐し、社会的結束を促進するものでなければならない。さらに欧州委員会は、EU労働法の発展、職場における健康と衛生、企業の社会的責任に関する新たな政策方針を提示している。EUに真の意味での単一労働市場の創設が必要不可欠となってきており、そのために、労働力移動に関する直接的・間接的残存障害の除去の必要性を指摘している。さらに欧州委員会は、労使が国境を越えて団体交渉ができるよう立法措置を計画している。

EUは、男女平等原則の実施において推進的役割を果たしてきた。「2000-2005年社会政策アジェンダ」が終了したのに伴い、欧州委員会は男女間の賃金格差、労働市場への女性のアクセス・参加問題、職業訓練、昇進、家族生活と仕事の調和、身障者の機会均等などに関する政策提案を計画している。また2007年を欧州機会均等年と指定し、機会均等政策の成果と欧州経済と社会の多様性の利点を訴えていくこととしている。


雇用・労働分野における日・EU間交流

日・EU間では、1990年代初めより、「日・EUシンポジウム」の開催、および政・労・使使節団の派遣という形で、雇用・労働分野における定期的な交流を実施している。

「日・EUシンポジウム」は、当時のパパンドレウ欧州委員会雇用担当委員と岡部労働事務次官との合意に基づき、1991年に第1回目のシンポジウムがブリュッセルで開催された。毎回、日・EU双方の学識経験者、労使および政府関係者が一堂に会し、共通の課題について議論をする場となっている。当初は毎年開催されていたが、現在は隔年となっている。

現在までに取り上げられたテーマは、労使関係、能力開発、高齢者雇用、変化する雇用環境、産業構造の転換、就業形態の多様化、男女の機会均等、雇用維持・拡大に関するものである。2006年3月20日〜21日には、ブリュッセルで「グローバル化の中でのエンプロイアビリティ(雇用されうる能力)」をテーマに第11回シンポジウムが開催される予定である。

また、第1回日・EUシンポジウムにおいて合意がなされた「政・労・使交流事業」は、1992年より行われている。こちらも、当初毎年実施されていたが、現在は隔年となっている。政府、労働者団体および経営者団体それぞれの代表者1名による代表団が双方の関係機関を訪れ、情報および意見の交換を行っている。2006年には第14回目の使節団交流が実施される予定である。

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