農業・食品安全
農場から食卓まで‐
欧州の食の安全のために
(ヨーロッパ誌2006年夏号・通巻第246号より)
食の安全は欧州の最重要課題のひとつだ。欧州連合(EU)は食の高い安全性をゆるぎないものとするため、2000年以来、諸施策を強化してきた。そのアプローチは、「農場から食卓まで(From Farm to Fork)」という総合的なものであり、飼料および食品すべてを厳格なる安全基準の対象とする。また、「欧州食品安全機関(European Food Safety Authority)」を設立し、現存および生起しうる危険性に関する科学的アドバイスと情報の提供を図っている。
1.食品と飼料に関する新しい規則施行
2006 年1月1日、大幅に改正された食品と飼料の安全に関する規則が施行され、欧州連合(EU)の食品安全政策は重要な節目を迎えた。EUにおける食品安全対策の強化と調和を目指すこの規則は、「食品衛生に関する包括的規則(Hygiene Package)」、「食品の微生物規格に関する規則」、「食品と飼料の公的管理に関する規則」、および「飼料衛生規則」から構成され、「農場から食卓まで」(From Farm to Fork)というEUの方針に基づいて食品連鎖全体に適用される。重要なのは、EU市場の食品が確実に安全基準を満たすように、生産者から加工業者、小売業者、ケータリング業者にいたるまで、食品と飼料にかかわるあらゆる事業従事者に第一義的な責任を負わせるという点である。
食品衛生に関する包括的規則
包括的食品衛生規則は2004年に採択され、すべての食品に関する一般的規則を定めるとともに、食肉・食肉製品、二枚貝、水産食品、乳・乳製品、卵・卵製品、カエルの脚とカタツムリ、獣脂、およびゼラチンとコラーゲンに関する個別規則を定めている。
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この包括的衛生規則の下では、EUの消費者に届けられる食品の安全性を確保する責任は食品業者が負う。業者は、農場レベルを除く食品産業のあらゆる部門で自己監視プログラムおよびハセップ(危害分析重要管理点:HACCP)の原則の適用が義務づけられる。同規則においては、食品業者による自己監視プログラムの実施を支援するため、EUまたは加盟国のレベルでの適正実施基準の導入が予定されており、すべての食品業者の登録が義務づけられる。 今後、輸入食品・飼料製品は、衛生規則を含む改正食品・飼料安全規則に定めるEUの安全基準を満たさなければならない。動物由来製品の輸入は、欧州委員会が管理するEUリストに掲載されている国と施設からのみ認められている。 |
食品衛生規則の主要規定
- EUの食品が確実に食品衛生基準を満たしているよう保証する第一義的責任は、食品の生産、製造、加工、流通、小売りに関わるあらゆる食品業者が負う
- 第一次生産者は、可能な限り第一次産品を汚染から守らなければならない
- 食品生産に関わる施設は登録が必要で、所轄官庁による認可が必要な場合もある
- 一次産品を除き、食品連鎖のあらゆる段階でハセップ(HACCP)の原則が適用される
- 各加盟国の食品産業部門は、当該事業従事者のための適正手法ガイドを作成する
- 施設の構造設備および機械器具、食品の取り扱い、使用水の水質、害虫駆除、低温流通体系(コールド・チェーン)の維持などに関する技術的要件は尊重されなければならない
- 伝統的な生産方法や地理的制約のある地方の食品施設、小規模事業などでは、新しい規則の適用に柔軟性をもたせてよい
- 輸入食品はEU製品と同等の高い基準を満たさなければならない
2. 狂牛病対策
BSE規則の改正
EU では過去数年、狂牛病(BSE)感染牛の数は着実に減少している。その上、感染牛の平均月齢も大きく上昇しており、月齢30カ月以下の健康な屠殺牛で BSEが検出されたケースは2001年1月以来1件もない。2000年以降集められた4,100万件にも上る検査データは、現在発見される感染牛はいずれも1990年代に厳格なBSE規則、特に肉骨粉の禁止などがEUレベルで実施される以前に感染したことを示唆している。
このようにBSEの発生状況が改善していること、また、科学・技術的な知識が向上していることを受け、欧州委員会は2005年1月に「TSE(伝達性海綿状脳症)ロードマップ」を発表し、EUのTSE対策について、短中長期で採用される可能性のある変更の概要を示した。同ロードマップでは、可能な限り高度な消費者保護を維持しながらも、将来的には一部のBSE措置を緩和する可能性を考察している。

牛には各頭ごとに、生年月日や出身農場などの情報が入った個体識別票(タグ)が付けられ、適切な管理がなされている
骨付き牛肉の規制
消費者をBSE感染から守るための中心となる対策は、すべての屠殺牛から脳、扁桃腺、脊椎等の特定危険部位(SRM)を除去することである。BSEの感染性はほとんどが、このSRMに集中していることが証明されている。EUの法律では、脊椎は2000年以来SRMに指定されており、月齢12カ月以上のすべての屠殺牛から脊椎を取り除くことが義務づけられている。Tボーンステーキやビフテッカ・アッラ・フィオレンティーナ(イタリア・フィレンツェ名物の牛ステーキ)などに使用される骨付き牛肉は、通常月齢22カ月から30カ月の牛のものであり、最終製品に脊椎の一部が残される。したがって、「骨付き牛肉」そのものが禁止されているわけではないが、脊椎の除去が義務づけられる対象月齢が 12カ月と低いため、EUでこういった特定部位の製品を生産することは実質上不可能となっていた。
骨付き牛肉の安全性確保
BSE 陽性牛の数が減少していること、感染牛の平均月齢が上がっていること、そして、新しく得られた科学的データを合わせて考慮した結果、特定のSRMの除去に関する措置の一部について緩和しても安全性が保たれるという結論が見られる。このような決定を下すには確固たる科学的根拠が必要であり、そのため、欧州委員会はSRM除去の対象となる牛の月齢について、欧州食品安全機関(EFSA)*の意見を求めた。(*P.5参照)
2005年4月、 EFSAは2001年以来、月齢35カ月以下の牛のBSE感染はわずか4件しか発見されておらず、30カ月以下の牛では1件もないこと、また、感染牛の最低月齢も着実に上昇し、40カ月以上となっていることを考慮して、脊椎の除去が義務づけられる屠殺牛の対象月齢を引き上げることは安全であるという結論に達した。EFSAは、脊椎除去が義務づけられる対象月齢について、「絶対的ではないが、相当に高い程度に」安全な限界として30カ月を提案し、それ以下であればさらに安全性が増すだろうという意見を述べた。
言うまでもなく、欧州委員会が現行の施策を改正する際、最も重視するのは最高度の消費者保護を維持することである。欧州委員会は、EFSAの意見に基づき、また、安全性を確保しつつも、実質的な面での困難が最も少ないという点で、脊髄除去の対象月齢を24カ月とした。月齢24カ月以上の牛は、それよりも若い牛に比べて月齢の確認が容易であると同時に、屠殺場で特定の獣医学的検査が必要となるのも月齢24カ月からである。この月齢で区切ることにより、月齢24カ月以上の牛全頭の脊髄除去を確保するための一層効果的な管理が可能となり、また、農家や食肉産業に過度な負担がかからないようにすることが可能になる。
3.有機農業の促進
ここ数年、食品安全や環境保護に関する消費者の意識の向上が有機農業の発展につながっている。有機農業は、 EUの利用可能な農業面積に占める割合が2000年にはわずか3%であったにもかかわらず、今やEUの農業の中でも最も勢いのある部門に発展した。同部門は1993年から1998年の間に毎年約25%の成長を遂げ、1998年以降は毎年30%前後成長していると推定される。ただし、この成長は一部の加盟国では頭打ちになったとも見られている。
有機農業は、持続可能な農業のあり方の一例として、そして、農業に対するより伝統的な取り組みに取って代わる実行可能な選択肢として理解されなければならない。有機農業に関するEUの規則が1992年に発効して以来、何万軒もの農場が有機農業に切り替えている。有機農業による農産物に対する消費者の意識向上および需要の拡大の結果であるといえる。
農業および環境の持続可能性は以下の通り、今日のEUの共通農業政策(CAP)における重要な政策目標に含まれる。
「持続可能な発展は、食品の生産ならびに有限な資源の保全、環境保護を包含することで、将来の世代のニーズを満たす力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たさなければならない」
この目標を追求するにあたり、農業従事者は、自らの取り組みが農業の将来にどのような影響を与えるのか、また、自らが採用する制度が環境をどのように変えていくのかについて、熟考しなければならない。結果として、農業従事者、消費者および政策決定者が有機農業に改めて関心を示すようになったのである。
4. 遺伝子組み換え体(GMO)に関するEUの政策
EU は過去5年にわたり、遺伝子組み換え食品・飼料・作物の生産および販売活動について厳格な規制を設けてきた。EUが定める認可手続きに基づき、人間または動物の消費、あるいは環境への放出の安全性が確保されているGMOのみが欧州市場に流通する。表示に関するルールが明確に決められているため、農家、その他の利用者および消費者は、GMO製品を購入するか否か選択することができる。また、各GMOについて、使用の段階ごとにトレース(追跡)することもできる。
世界有数の厳格さを誇るEUの規制制度は、GMOのEU市場での販売を、科学的な評価に基づいて1件ずつ個別に認可する制度である。すべての基準を満たさない要請に対してはこれまで認可は与えられておらず、今後も与えられることはない。
5. 欧州食品安全機関(EFSA)
2002 年に新設され、パルマ(イタリア)に本部を置く食品安全機関(European Food Safety Authority = EFSA)の最も重要な任務は、食品の安全に関して、独立した科学的助言を提供することだ。食品連鎖に対するリスクの評価、動植物の健康と動物福祉をも含む食品供給の安全性に直接的あるいは間接的に影響するあらゆる事項についての科学的評価を行う。また、食品以外のものや、飼料としての遺伝子組み換え物質に関して、またEUの法規に関連のある栄養の問題についても科学的助言を与える。さらに、EFSAは世界中から情報を収集するとともに、あらゆるレベルにおいて専門家や意思決定者と交流を進めるとともに、自らの責任分野に関して、一般市民に情報を提供していく。
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日本から見た欧州食品安全行政 今年5月、欧州議会・欧州委員会共催の招聘プログラム(EUVP)に参加し、我が国の食品安全行政改革に大きな影響を及ぼした欧州食品安全行政の現状について、パルマの食品安全機関(EFSA)を含め20人を超える関係者を訪問して調査する機会を得た。 欧州では、EUが中心となって、リスク分析やフード・チェーン・アプローチの考え方に基づいた食品安全行政が進められている。今回の調査においては、食品基準のハーモナイゼーション、最終製品規制とプロセス規制の関係、科学的に十分解明されていない問題への対処、消費者の信頼確保などについて、我が国の食品安全行政が直面している課題を共有していることが確認できた。 また、欧州食品安全行政の試みは、加盟国ごとに独立していた行政分野がEUの権限拡大を伴いながら統一的に管理され、その結果、市民の健康保護の水準を保ちつつ食品・農産物貿易が一層進展していくという、欧州統合が深化していくひとつの表われでもある。 こうした欧州統合における経験は、世界貿易機関(WTO)体制の下で進展していく国際的な食料貿易の将来の枠組みにも、大きな影響を及ぼしていくものと考える。 |
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