EU News 116/2010
2010/04/26
欧州理事会
PCE 76/10
ヘルマン・ヴァン=ロンプイ欧州理事会議長
於: 神戸大学
<日本語仮訳>
この場において皆様にお話しできることは私にとりまして大きな喜びです。日本でヨーロッパにかくも大きな関心を寄せていただいていることをうれしく思います。ここ神戸大学のEUインスティチュートのご成功自体がそれを証明していると言えましょう。
このような講演の機会を得たことを感謝し、光栄に思います。
今我々は未曾有の時代を生きています。世界はどんどん小さくなり、日本と欧州のように互いにかけはなれた地域や国の運命が絡み合っているのです。日欧ともに政治制度が大きく変わろうとしています。私の考えでは、日本と欧州連合(EU)の関係を再活性化する時期が到来しました。新しい世界といかに折り合っていくべきかと、日本もEUも自問自答しなければならない時です。この点において、2010年を再生の年にすることができるでしょう。
そこで、本日はEUの現状と今日の世界における対日関係について、欧州理事会議長という私の立場から少しお話をしたいと思います。
その前に、もう少し個人的な感想を話させてください。今回、日本を訪問することができ、大変うれしく思っています。過去に一度だけ訪日しておりますが、それは1998年にベルギーのフィリップ皇太子の公式訪問に同行した時です。目がくらむような建築、都市生活のスピード、先進の交通技術などに感銘を受けたのを覚えております。
この都市景観は、欧州や米国のものよりも、私にとって予想以上に親近感を感じさせるものでした。しかしながら、この混雑した、騒々しい、近代的な東京と、石庭、風景画、俳句など私が愛してやまない日本文化の様式化した伝統的表現との対比が非常に面白いと思うのです。
写真提供:神戸大学
皆様の中にご存知の方もおられるように、最近私の俳句を集めた本を出版いたしました。これは、本日のテーマである変化につながっています。
私が俳句に惹かれている理由はいくつかあります。俳句の簡潔さ、すなわち迷いのない単語が創造する極めて小さな空間において、きわめて多くを表現することにより、自ずと言葉の本質にまで自分が入り込むことが出来るのです。その飾り気のなさのおかげで、俳句を作る側も読む側も、しばし立ち止まって、どうしよもなく、またあまりに簡単に飲みこまれてしまっている日々の喧騒から、少し距離を置くことができるのです。何とか人の注意を惹こうとするような、「ピカピカ光る」現代社会からしばし離れることができるのです。
俳句において、私が一番重要だと思うのは、自然に敏感であることです。俳句は通常、自然、また多くの場合四季とのふれあいが基本となることはご存知のとおりです。仏教の伝統にある「輪廻」の考え方が私自身の生き方にぴったりと結びついています。私は田舎が好きであり、都会で暮らしたことは生涯で数カ月しかありません。すなわち土とともに呼吸をする生き方です。終わりのない再生のなかで、四季は方向感覚を授けてくれるのです。
では、このようなことが政治といったいどう関係しているのでしょうか。我々を啓発する対比ということです。その対比が変化と言う今日のテーマにも結びついているのです。自然は、俳句の中では、反復と変化にほかならないのです。
永遠なる循環。我々人間も自然プロセスの一部です。必然の領域にあることが、我々に謙虚にさせるのです。
それに対して、歴史や政治において反復は存在しません。時計を後戻りさせることは出来ないのです。時の針はいつも前を向いています。毎日が新しく、新しい出来事が発生します。明日何が起きるかを知ることはできません。これは自由の領域です。政治家として、国民として、この変化に影響を及ぼす努力をすることが大変大きな責務だと私は考えています。人為の世界における恒常的変化が我々に政治的責任を意識させるのです。ここでさえ、この責任を負うにも、謙虚に行うことができるのです。「自分たちは全体の一部なのである」と。
そこで、本日の本題に移りましょう。日本と欧州の政治家として国民として、今日の変化する世界において、我々にはどのような責任があるのでしょうか。
日欧間には多くの共通点があります。ともに民生大国であり、民主主義の価値と市場経済の原則を信奉してしています。1945年以降、西欧と日本は米国の軍事力の保護下にありました。冷戦時代には日欧それぞれの共産主義中国とロシアからの防衛を米国が助けてくれました。このように、日欧はともに歴史の熱を感じてきたのみならず、その中心に存在していました。この一部は幻想だったのかもしれませんが、その状態に置かれたからこそ、欧州は歴史上先例を見ない実験を進め、かつての対立を克服し、敵対してきた大国間の軍事衝突を考えられないものとするような地域統合プロセスの基礎を築くことができたのです。実のところ、これが欧州モデルの成功であり、追随する他の地域が関心を抱き、時には好ましいとさえ思うものとなった理由です。
米国との戦後の同盟により、日欧はともに経済発展を遂げました。さらに、日欧米が世界的な通商システムの根幹をなす三極となりました。この通商関係は、時には騒動につながることもありましたが、刺激的であり、我々の福祉に資するものでもありました。
1989年以降、冷静終結の後、この戦後世界が変わりました。ロシアは政治的にすっかり生まれ変わり、G7に加わって今ではG8を形成しています。中国はその政治体制を維持したままではありますが、世界の貿易制度の一部となりました。米国が日欧と有する関係は、もはや存在のための依存関係ではなく、進化するパートナーシップとなったのです。特に世界舞台に新興勢力が登場している今、ワシントンにとっての利害もずいぶんと減少しているのです。この点において日欧は同じ境遇にあります。双方ともに対米関係を再考しているところであり、それは米国とて同じです。私は日本の政治制度の込み入った事情を熟知しているわけではありませんが、これこそが2009年9月の衆院選の結果を説明するひとつの要因であるように思えます。
では、この戦略的背景の変化が日欧の関係にどのような影響をおよぼしているのでしょうか。お互いに単なる傍観者にすぎないのでしょうか。それともお互いにより緊密に関与する好機が開かれているのでしょうか。この点について、今週鳩山総理と協議することになりますが、私は政治は傍観するものではないと思っております。歴史が機会を提供している時、それをとららえて共通のビジョンと行動に転じることにより新しい現実を創造することが、政治家の責任です。
ここからは、まず世界的変化は正確には何であるのかを手短に述べてまいりたいと思います。
そして、その変化にEUがどのように対応していけるのかをお話しますが、その中では、新しいリスボン条約が発効してからの数カ月における私の体験に言及しようと思います。
3番目には日本とその新政権がこの変化にどのように対処しているのかという問いかけをしてみたいと思います。それに答えられるのは、私のような外部者ではないのです。
最後に、日本と欧州の真なる戦略的関係に関する私自身のビジョンに立ち戻り、より緊密に協力することのできる分野を考えてみたいと思います。気候変動や通商などそのいくつかの点に関しては、2日後に東京で開催される日・EU定期首脳協議で鳩山総理と協議することができるでしょう。
まず、背景の分析をしてみましょう。欧州のメディアおよび知的層には憂鬱の雰囲気が広がっています。「西洋の衰退」という話しも聞こえてきました。それに比べ、中国、インド、ブラジルなどの「他の新興」があり、まさに日没と夜明けの対比であります。また「G2」すなわち米中が世界を席巻し、日欧や他の国々を置き去りにすると警告する声も聞こえます。
私はこのような結論付けは極端だと思います。両論とも誤りです。「G2」などは存在していません。
日本も欧州も最も豊かで有力な地域であることに今も変わりはありません。
また、大変面白いことに、私が若き経済学者兼政治家であった1970年代に、西洋諸国の直面する課題に関して同じような話を聞いた覚えがあるのです。しかし、ひとつだけ違っていたのは、当時は中国の役を日本が演じていました。このように、歴史というのは極めて先の読めないものであるということです。永遠に巡りくる四季とはちがって。
だからといって、何も起きていないと言いたいのではありません。私の考えるところ、グローバル化のひとつの段階が終わり、新たな段階が始まろうとしているのです。
少し説明しましょう。
第一段階は経済的なグローバル化でした。1989年以降の動きによりこの段階は最高潮に達しました。その結果ポーランドからベトナムまで、またウガンダから中国まで、世界の多くの国々がより豊かになりました。西欧では我々の生活様式が世界的注目を得たことを誇りに思い、世界的な貿易と技術の広がりのおかげで何百万の人々が貧困から抜け出したことに喜びを感じておりました。
新たな段階を政治的グローバル化と呼ぶこともできるでしょう。何が起きているのでしょうか。答えは簡単です。新興諸国の新たな経済力が結晶して政治力となっているのです。驚くことではありません。信用危機がこのプロセスを加速化しました。金融の力において中国が米国を凌ぐようになったことが、その最もはっきり目に見える例と言えましょう。
この点において2つの世界的の動きが特に重要であります。
1つ目は2008年の秋、信用危機が最悪の状態であったときにG20が形成されたことです。これは分岐点になりました。インド、中国、ブラジル、南アフリカ、トルコなど新興国が昔からのG7/G8諸国とともに、世界の指導者による会合の席についたのです。もはや取り決めの場の外に置かれたままではないのです。EUはその最高レベルにおいてG20の創造に奔走しました。
このグローバルなパワーシフトを認識する中で、2つ目に起きたことが昨年のコペンハーゲン気候変動首脳会議です。日欧は最も野心的な温暖化ガスの削減目標を打ち立てて臨みました。
しかし、実際にコペンハーゲンで起きたことは、日本同様欧州も、米国が四大新興国との間で結んだ最終的取り決めの蚊帳の外に置かれたのです。これは、つらい試練でした。
まとめますと、グローバル化が単に経済的プロセスと見受けられている限り、我々のすべてが勝者のように思えたのですが、新たなグローバル化の政治的段階においては、それが変わるのです。政治は力関係です。そして力は相対的なものです。繁栄が広がり、力が移っています。欧州の人々はこのことを自覚し始めており、おそらく日本でもそうだと思います。人々が恐れているのは、グローバル競争の結果、「力」を失うことではなく、職を失うこと、福祉が低下することなのです。
とはいえ、必然性の力だけがものを言うと考えなければならない必要は全くありません。まだ選択肢はあります。特に、この新たな状況を捉えて日欧の協力を強化する機会を探るべきなのです。
まず、日・EU関係を我々の側から見てみましょう。EUインスティチュートにおいては新たなリスボン条約と発効後これまでの状況に関心をお持ちだろうと推測します。
簡単に背景を思い出して見ましょう。欧州の加盟国は2001年から2009年まで8年もかけてEUの新たな制度的枠組みについての協議を行いました。
1989年には12カ国であったEUに次々と新規加盟国が加わり、今では27カ国に成りましたので、これが必要となったのです。同条約を牽引した二番目の要因は、加盟国がより強力な欧州外交政策を望んだことです。新しい世界がこれを必要としたのです。EUには1960年代から共通通商政策がありましたが、それは域内経済統合が故に必要となったものです。今では、貿易パートナーとして世界各国と経済的な関係を持つだけではなく、政治的な対応もしなければなりません。これが経済から政治へとグローバル化の段階がシフトしたことへのEUとしての対応なのです。リスボン条約はその手段を与えるものです。
リスボン条約の2つの大きな革新的要素は2つの恒久的役職を創設したことです。キャサリン・アシュトン女史が就任した外務・安全保障政策上級代表と、私の就いております欧州理事会議長の2つです。
この新しい常任議長のポストが作られる前は、6カ月毎に加盟各国の首脳が輪番でこの指揮官の仕事を行っていました。それに対して、私の任期は6カ月で終わることはなく、2年半あるいは5年となり、5倍あるいは10倍の長さとなりました。また、これは専任職務であるため、私はベルギーの首相の職を辞しました。この常任議長の責任は、中長期的に欧州理事会の仕事を組織することです。これは、安定性、継続性、予測可能性を確保することを目指した、根本的な変革です。
賢く時間を使うということは、場合によっては辛抱強く、時間をかけるということにもなるのかもしれません。
リスボン条約が発効してから4カ月と少しが経過したばかりです。私も就任後100日目を迎えたばかりです。しかし、EUは未だに効率の向上もしていないし、複雑さも解消できていないとの批判がすでに聞かれます。
そのような批判は根拠のないものだと思います。最初の100日の成果はむしろ明らかです。忍耐力と時間をかけるということの美徳がたった100日で表れることは難しいのではないでしょうか。
ここで、一番重要な点をいくつか振り返ってみましょう。
世界的な経済危機と特にギリシャの財政難は、この新制度の早期において厳しいを試練となりました。まだこの問題の解決からは程遠いものの、ユーロ圏の安定を維持できるものと確信しています。通貨同盟のルールが策定されたときには予想されなった状況に今直面しているのです。一歩一歩、EUとギリシャはこの状況を克服していきます。ユーロ圏の加盟国とEU機関は、ギリシャを支援する共通の枠組みに合意しており、これを達成したこと自体、決して小さなことではありません。
また、EUの新しい経済戦略に取り掛かることができました。これはより多くの雇用を創出し成長を押し上げるためです。欧州理事会のすべてのメンバーが、成功するには協調と統治の改善が不可欠であると確信しております。我々の統合は続きます。私が新提案を作るために作業グループの座長を務めます。
リスボン条約は、外交政策に継続性と安定性を確保する可能性を高めるものですが、それに伴うべき外交担当部局の整備が終わっていません。アシュトン上級代表は、欧州対外行動局を組織しているところであり、今年後半には始動できる可能性は十分にあると私は見ております。
外交政策は、欧州議会がより強い発言権を有する分野のひと一つでありますが、リスボン条約により、大半の分野において共同決定をするという形でこの民主主義を象徴する機関の役割りが強化されました。早々の事例として、本年2月11日にEUと米国のデータ共有に関する合意であるSWIFTを否決しています。米国政府の人々はショックを受けたのです。この否決により欧州議会の存在を発見したということです。
いつか東京でも同じことが起きるかもしれません。
日・EU協力に移る前に、私が大変興味深いと感じた日本の最近の動きについて少し触れたいと思います。
欧州側にとっての昨年の新しい要素がリスボン条約であったならば、日本側では選挙による政権交代という大変珍しいことが起きました。私がこの点についてコメントをすることは適切ではないでしょうが、民主党を政権与党に選ぶことにより、日本の国民は変化を欲しているという意思表示をしたのだと思います。それは事実に他なりません。その変化を求めた理由は国内的なものなのでしょうか。あるいはまた変化する世界における日本の位置づけが故なのでしょうか。選挙が世界的な金融危機の只中で行われたため、この2つを見分けることは難しいでしょう。
鳩山総理の政策の中の3つの側面が興味深いと思っています。外から見る限り、そのすべてが同じ方向を向いてる、すなわち日本のシステムにおいて政治の機能を強化するための努力を指向しているように思えます。
第1の要素は官僚の力を制限し、国会に選出された責任ある議員にとってより好ましい状況を作るための努力です。間違いなく難しい仕事ではありますが、賞賛に値すると思います。EUも自らのやり方で同じ問題と格闘しています。北はフィンランドから南はポルトガルまで、一般の人々は、EUあるいは「ブリュッセル」に対して巨大で不可解な行政機構というイメージを抱いています。これは根拠のない印象でありますが。市民がそういう捕らえ方をしていることは、政治的現実なのです。意思決定をより政治的なものにすることは、国民にとっても民主主義にとっても必要なことではありますが、代償を伴います。意見の不一致が表面化しやすくなり、妥協の余地が減少するのです。
第2の要素は対米関係の再構築です。今後も同盟国ではありながら、どのような二者間の提携を発展させていくのか。このデリケートな問題についても、私がコメントすることはふさわしいことではありませんが、ただ、欧州にもほぼ対称的な状況が存在する(米国にとっての主要な制度的パートナーはEUではなく、NATOではありますが)という観点から、今後の動向を注視したいと考えております。
第3の要素が実は最も興味深いものですが、鳩山総理の東アジア共同体に関する呼びかけです。日本、中国、韓国を含んだ協力的パートナーシップの実現は、この上なく大きな飛躍を意味するものです。それぞれの国民の間に長く存在する対立の歴史にはっきりと終止符が打たれるということです。それは可能でしょうか。少なくとも不可能ではないでしょう。先ほども言いましたが、歴史は必然性の領域にあるものではありません。人間の自由を求める力のおかげで、古くからの様式が壊されることが間々あるのです。総理が認識されているように、まさにEUがその好例です。2週間後に、EUはシューマン宣言60周年を祝賀することになっています。当時フランスの外務大臣であったシューマンが鉱山業において欧州共同の機関をつくることを呼びかけたのです。戦後5年しかたっていない時に行われたこの宣言は、一見するところ技術的、経済的なものですが、実は極めて政治的な内容だったのです。仏独という大昔からの敵対国の間に和解と平和を築く、勇敢な動きでありました。当時そのこと知る人はいませんでした。それは、今はまだ東アジア共同体が果たしてどうなるかが誰にもわからないのと同じです。あらゆる革命は小さな一歩から始まっています。
では、締めくくりとして今回の首脳協議議に話を移したいと思います。日本が、リスボン条約発効後、欧州の外でEUが首脳会議を開催する最初の国になったことを嬉しくおもいます。それは、私が俳句が好きだからだけではなく、日本とは一緒に歩むべき道がたくさんあるからです。従いまして、私は、ジョゼ・マヌエル・バローゾ欧州委員会委員長とアシュトン上級代表とともに、鳩山総理に4月28日に東京でお会いできることを楽しみにしております。
なぜ今が日本とEUの関係を再活性化するにふさわしい時期なのかをはっきりさせる必要があります。簡単にまとめてみましょう。
我々は同じ価値観、同じタイプの社会を持っています。ともに、急速に変化する国際社会に、経済的グローバル化から政治的グローバル化への移行に対応しようとしているところです。その結果、日本もEUも経済のみならず政治的な役割りを世界において担うことが必要になりました。日欧はその準備をしており、日欧の協力のあり方にこの新しい背景を反映させることが、何よりも重要です。日・EU関係は通商に限るのではなく、政治的な分野に拡大しなければなりません。幸運にもすでにそうなっております。そのために、2010年は日・EU関係が再始動する年になるでしょう。
最後に、今後日欧協力がより強化される分野として、通商、外交政策、ネットワークセキュリティ、気候のそれぞれの点に簡単に触れたいと思います。
まず、通商が日欧関係の主柱であることに今後も変わりはないでしょう。通商関係を深める方法のひとつが自由貿易協定の締結であることは明らかです。日本側からは実行可能性の調査が提案されておりますが、EU内ではこれに取り組むには時期早焦と感じている人々が存在しています。いわゆる非関税障壁が数多く残っており、日本市場へのアクセスを阻んでいるからです。そこで、もう少し時間をかけて、まず双方が達成したいと考える目標を特定することが必要かもしれません。関税を撤廃する便益が一方的なものになってはいけません。EUはあくまでも協議には前向きであり、私からそのことを日本政府に伝える所存です。
第2の外交政策に関しては、前述しましたように、日欧の経済関係と平行して、政治的、戦略的側面を発展させることが重要です。広範な世界的課題に関する協力と、外交安全保障の分野を完全に網羅する緊密な政治対話を行う方法を模索しているところです。東アジア、アフガニスタン、中東、アフリカなどの情勢、テロ、海賊行為、核不拡散、貧困対策、人権推進、エネルギー供給の安全保障、気候変動など全てです。
それは対話を超えたものになるでしょう。アフガニスタンを例にとれば、復興および和解を進めるために、例えば警察の訓練などの実施において、日本と協議し協力したいと強く願っています。
第3がネットワークセキュリティですが、世界が今直面している課題は、伝統的な脅威だけではないということです。
新種の脅威が、我々の自由な社会とその土台をなすネットワークの安全を脅かしています。我々の社会は、もの、人、情報の自由な流れのおかげで機能しています。
ネットワークは世界経済の動脈です。インターネット、電気通信、銀行業務、送金システム、空港、エネルギー供給網などを考えてみてください。このようなネットワークは脆弱です。
このような現代生活の核に対するサイバー攻撃は現実のものです。毎日起き得るものであり、実際起きてもいます。私たちは耐性を向上させなければいけません。日欧は世界のネットワークと深くつながっているのですから、この課題においても協力しなければなりません。
最後の地球気候政策については、2009年12月のコペンハーゲン気候変動首脳会議で日本と欧州は蚊帳の外におかれたとお話しました。しかし、そこに向かう段階では、鳩山政権の政策転換を我々欧州人は大いに歓迎しておりました。
EUはCO2排出量を20%(他が同等の努力をする場合は30%)削減することを公約し、日本は5%減から25%減へと目標を高くしました。このように日欧は範を示したのです。他の国々が追随しなかったことが残念です。コペンハーゲン合意をさらなる作業の土台とすることを拒否した大国があると聞いて失望を禁じえませんでした。日本とEUは排出量の削減において最前線を走っているのみならず、コペンハーゲンでは途上国に提供する短期資金(2010年~2012年)の80%を約束したのです。ともに世界最大の資金提供を行う立場として、この公約の実施においていかに協調できるかを考えるべきでしょう。
ご参集のみなさま
このすべての問題において協力すれば、変わり行く世界における挑戦に確固たる体制で対応できるようになるでしょう。負担を共有し、先頭を行くには、チームワークが必要です。日本とEUの経済政治力を合わせることができれば、グローバル化の一途をたどるこの世界において決定的な違いを生み出すことができるでしょう。
さて、このような重い責任を直視した後だからこそ、また我々が置かれている世界的な変化の嵐を率直に見つめた後だからこそ、我々は、政治家としてであれ、国民としてであれ、自宅の庭に引っ込むことが出来るのです。それは逃避ではなく、一日の仕事を終え、ゆったりとした宵を過ごすための場所なのです。
政治家ではなく俳人として、このように表現したいと思います。
(落ち葉舞う
収穫終えし
夜も近し - 試訳)
ご清聴ありがとうございました。
原文はこちらをご覧下さい〈英語〉。 http://www.consilium.europa.eu/uedocs/cms_data/docs/pressdata/en/ec/113993.pdf
Updated 2010.05.21